オリジナル小説 【推理・ミステリー】

鴉の眼 一


「寒いィ!」

 

 ずぶ濡れになって喫茶店『Stray Lamb』に駆け込んだ俺達に、この店のオーナーでありマスターでもある穂積友也さんは、カウンターの中から一瞬キョトンとした顔をする。

 

 誰もお客が居ないこともあるだろうが、ボタボタと水を滴らせる俺達を注意することもなく、フッと零してからクスクスと笑いだした。

 

「おかえり」

 

 高校からの帰りに降りだした雨で、体はびしょ濡れ。

 

 まだ初夏にも早い五月の始めだから、雨が気持ち良いとは言い難かった。

 

 友也さんはカウンターの後ろにある事務所に続く扉を開けて、バスタオルを二枚取ってきてくれる。

 

「早くお拭き」

 

 一枚ずつを俺と俺の友人である松岡保に渡しながら、笑顔のままで言った。

 

「特に保はね。体が冷えては、思考回路が鈍ってしまうよ」

 

 俺の隣でガシガシと頭を拭いていた松岡が、ピタリと手を止める。バスタオルの隙間から、不審げにちらりと片目を覗かせた。

 

「……珍しいね、友也さんがそんな言い方。その発想はまるで――」

 

「まるで、依羅みたい――かな?」

 

 見透かしたような友也さんに、松岡が目を剥く。ふふっと笑って、友也さんは肩を竦めた。

 

「そりゃそうだろうね。だってこれは、依羅が以前言っていた台詞なんだから」

 

 この喫茶店のもう一人のオーナー、上宮依羅さん。

 

 『ストレイ ラム』達の悩みを解決する依羅さんの相棒である友也さんは、彼の話をする時、とても楽しそうな顔をする。

 

 俺と松岡は、そんな俺達の知らない二人の話を聞くのが好きだった。

 

「依羅さんが? 友也さんに対して言ったんですか?」

 

 興味津々な俺の言葉に、友也さんが微笑む。

 

 そうだね、と呟いてから窓の外を見て、珈琲を淹れる準備を始めた。

 

「今日は雨の所為か、お客も居ないしね。依羅も居ない。少し昔話をしてもいいかもしれないね」

 

 俺達は、「やった!」とばかりにカウンター席へと並んで座る。

 

「ああ、ちなみに。依羅が言ったのは、私に対してではないんだよ」

 

 いつも通りの穏やかな微笑みを浮かべたままで、友也さんは懐かしむように話し始めた。

 

「ラムである彼女がこの店に来たのは、春ではなく秋だったけれど。今日みたいに少し肌寒い日だった」