オリジナル小説【推理・ミステリー】

鴉の眼 二


 

 あれはもう何年前かな。保がまだここに来る前でね。

 

 五年くらいは経つだろうか……。

 

 

 

 彼女は――まだ秋の始めだというのにガクガクと震えて、喫茶店に入って来る事もできず、躊躇うように何度もこの店の前を行き来していた。

 

 依羅がドアを開けて招き入れてやっと、彼女は入ってきたんだ。

 

 彼女はキョトキョトと、まるで可愛らしい兎を思わせる動作で店の中を見回して、他に客が居ない事にほっと息を吐いた。

 

 怯えるような目でカウンター内の私を見遣って、すぐに目を逸らせる。

 

「どうぞ、こちらの席へ。どうやら私達が思っている以上に、外は寒いようですね。今熱い紅茶でも淹れましょう」

 

 依羅の示したカウンター席へと腰をおろすと、彼女は掠れた声を出した。

 

「いいえ。私が震えているのは、寒いのではなく、あの子が心配だからです」

 

 乾いた唇でそう言って、やつれた顔にかかる髪を耳へとかけた。そわそわと落ち着きなく、心配事の為にここ数日でかなり老け込んだようだが、彼女はまだ二十代前半だと思われた。

 

 やや茶色い髪やその服装から、普段はお洒落に気を遣う女性だという事が判る。彼女はゴクリと唾を飲むと、意を決したように私達を交互に見ながら言った。

 

「『迷える子羊(ストレイ ラム)』を、お願いします」

 

 それには、解っていますというふうに頷いて、依羅は彼女の隣の席へと座った。

 

「どなたかのご紹介でしょうか?」

 

 

「はい。池添さん。ご存知でしょう? 何でも大変困っていたのを、助けて頂いたとかで……。信頼できる方達と聞いています」